故郷 郡上八幡

故郷 郡上八幡

私の故郷は岐阜県郡上市八幡町です。このブログを通じて、少しでも多くの方にこの町の良さを知っていただければと思います。

 

★故郷があるから今がある★

この言葉は2017年7月15日、会社を設立して30年を迎えるにあたり発した言葉です。「故郷があるから今がある」この言葉通り今の私があるのは故郷である郡上八幡のおかげです。この町で生まれ、様々な人の愛を受けながら成長してきました。奢ることなく、高ぶることもなく、常に謙虚でじっと前を見つめながら歩いてきた結果、今こうして生きていられるのです。そんな思いから書いたこの言葉は、郡上八幡在住の上田酒店の大将が墨字アートとして私に贈ってくれました。その時の色紙は今でも大切に保管してあります。

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昨年の夏に故郷を引き払ったことに対する自責の念から、どうにかして故郷への思いを伝えたい、特に郡上八幡で暮らす人たちには返しようのない御恩を受けており、その気持ちをなんとか伝えたいという強い思いからこのホームページを立ち上げました。そしてこの度その気持ちを手紙としてしたためお送りしました。すると皆から喜びとお礼の返信をいただき、そのことが嬉しくて、あたらめて故郷に対する思いが強くなりました。

下記に掲載したのがそのお手紙です。

 

お世話になった方々へ

月日の経つのは早いもので、私も今年の10月で63歳になります。16歳で郡上を離れ東京で暮らすこと46年、帰省するたびに体の衰えを感じるようになり、いつまでも健康でいられるという保証はどこにもなく、このままだと郡上八幡にある家も、仏壇も、お墓も、面倒を見ることができなくなるではないかという不安にかられるようになりました。一人娘は12年前に嫁ぎ二人の子をもうけ自分の道を歩んでいます。まさか娘に郡上の家を頼むとも言えず、どうしたものかと考えるようになったのです。

いろいろ考えた末に出た結論は東京葛飾にあるお寺にお墓を建立するということでした。そして昨年3月お墓が完成、同年7月に納骨を行いました。郡上の家も仏壇も引き払い、生まれてこの方移動したことのなかった八幡町島谷の本籍も現住所に移し、事実上の故郷終いとなったのです。

とは言え郡上八幡で暮らした10年間は忘れられるものではありません。特に6歳から10歳までの5年間は思い出深きことが多く、東京で暮らした46年間とは比較にならないほど重い記憶として残っています。郡上八幡なくして私の人生は語れない、故郷終いをしてから日増しにその思いは強くなり、何某か形に残したいと思うようになりました。

新型コロナウイルスによる影響は甚大で、多くの人が過去に経験したことのないような不安と、感染の恐怖に怯えながら暮らしています。そんな最中に故郷を閉じてしまい、一時は自責の念にかられたこともありましたが、今はこれで良かったと思っています。それは故郷を離れていても心はいつも郡上八幡にあることに気付いたからです。幼馴染みからのやさしい声掛けもあり、この町で生まれて本当に良かったと思うようになりました。

今回は故郷で暮らす人たちと、上京後お世話になった方々への感謝の気持ちをお伝えしたくペンをとりました。つたない文面ではありますが、これが今の私の気持ちです。同梱した品物は他愛のないものばかりですが、わずかの間でもおそばに置いていただければ幸いです。

2021年3月吉日

東京都葛飾区堀切3-23-8

松井達人

 

★動画★

2019年の夏、学校橋の上から吉田川に子供たちが飛び込む様子です。なかなか飛び込めない子もいて、かつて自分もそうであったことを思い出しました。

 

2020年7月の第2週、大雨の後の吉田川の様子です。

 

2019年4月21日、新町にて岸劒神社大神楽の巫女さんからお札をいただいた場面です。なんだかとても懐かしいです。


★景色・自然★

郡上八幡の美しい景色の数々を順次掲載していくつもりです。

★日常★

こちらは郡上八幡の日常をご紹介したいと思います。

 

★郡上踊り★

7月の第二土曜日に踊り始め、9月の第一土曜日に踊り納める郡上踊りは、7月から9月までの役2カ月の間に三十二夜にわたって町内各地で踊りが開催されます。その模様を随時ご紹介していくつもりです。

 

金幣社 岸劒神社 大神楽

郡上八幡の大神楽は全部で三社あります。そのなかでも特に好きなのが岸劒神社大神楽です。このホームーページを通じてこの大神楽の良を、一人でも多くの皆さんに知っていただくため、ご紹介していきたいと思います。まずは手始めに隊列の内訳をご説明したいと思います。

 

●役者心得                                             郡上八幡城の真下に位置し、八幡町の北町地区全域の氏神さまとして親しまれております金幣社岸劔神社の大神楽であります。この大神楽は、文政八年松月庵休和が書いた由来書によると、寛文五年(1665年)時の領主遠藤常友公の発願により、神官の清水氏が京都吉田家に神楽伝授を奏請し、翌年正月、氏子の若者10人を伴って上京し、吉田神道秘蔵の神楽曲を習得し帰ってきました。それが、岸劔神社大神楽の始まりとされています。以来大正の大火、太平洋戦争の数年間を除き毎年奉納され、伝承されて今日に至っております。

さて、この神楽の舞曲は芝打ち曲とも言われ、上獅子(あげじし)雌獅子(めじし)雄獅子(おじし)の3曲があります、又、渡御曲は道行曲とも言い七曲からなっております。

①舞鶴(まいずる)

②山越(やまこし)

③秋月(しゅうげつ)

④花車(はなぐるま)

⑤十二神楽(じゅうにかぐら)

⑥神乗秋月(かんじょうしゅうげつ)

⑦神車(しぐるま)

このうち、神乗秋月と神車曲は吉田神祇官免許の秘曲とされ、他への伝授を堅く禁じられています。今でも毎月の練習日には必ず練習しその正確な音と曲を伝承すべく努力を重ねると同時に、若き後継者の育成に努めております。

(例)神車曲を奏でる特別な場所を列記すると以下のとおりです

●試 楽                                             中坪(旧中坪村社八幡神社)昭和28年11月3日岸劔神社に合祀され大神楽でお供をして合併した、以来この場所(遠野)にて神車曲を吹くならわしである。又、試楽打ち上げ時本町平野酒店前交差点に於いて、年行事宅入り込み前に神楽堂を担ぎ打ち上げとして演奏する。

●本 楽                                               1、八幡大橋(氏子町内より向町へ渡る)                                 2、本年打ち上げの為岸劔神社へ帰る時、帰りを惜しんでゆっくりと時間をかけて神楽堂を担ぎ練り、獅子も独特な舞を見せる。

 

●渡御順序                                 1、大世話方(会長・大世話)  2名

  • 露払い (先達)      2名
  • 鼻 高 (はなたか)    1名
  • 出の花 (だしのはな)   1名
  • 幟 り (のぼり)     3名~4名
  • 文化財旗(ぶんかざいき)  1名
  • 猿田彦 (さるたひこ)   1名
  • 巫 女 (みこ)      4名~6名
  • 唐 子 (からこ)     2名
  • 附太鼓 (つけだいこ)   1名
  • 鼓 打 (つづみうち)   10名
  • 田 楽 (でんがく)    1名
  • 神楽堂 (かぐらどう)   4名
  • 笛 吹 (ふえふき)    10名
  • 市兵衛 (いちべえ)    1名
  • おかめ           1名
  • 床 机 (しょうぎ)    2名
  • 東 西 (とうざい)    1名
  • ささら           1名
  • 獅子頭 (ししがしら)   10名
  • 獅子足            4名
  • 御幣台 (ごへいだい)   3名~4名
  • 自治会長(当番自治会四名)20名
  • 大世話役  5名
  • 母親部役員 5名
  • その他子役付き添い(母親)15名~20名

以上、総員百有余名の行列と成るため、特に交通事故には十二分の注意をし警護役として出役自治会長様に担当して頂く。

大世話方(奉賛会長・大世話代表)

大世話は、紋付・羽織・袴・白足袋・草履

●露払い                                              一文字笠・麻裃・白足袋・三尺五寸(約1メートル15センチ)の青竹に(和紙一枚四ツ折)を被せ金銀の水引にてしめる、その杖を持ち先達なので2人並んで大世話の後ろを歩く、芝打ちの時は立ったままにて待つ。

●鼻  高                                昔の山伏の姿、白衣・白袴・紫狩衣・赤緒の朴歯一枚下駄・白足袋・金剛杖(幣がある)は六角四尺和紙半三幣に切り、先に刃(けん)を付けない。鼻高の役柄は猿田彦命にて、命様の案内役である、見物人の整理役、子供追い立て暴れるのも良いとされている。

●出の花(だしのはな)                                        無帽、五七の桐紋付・茶半纏・紺の股引・黒足袋・草履・屈強人が望ましい(花切は出の花係りが行っている)

●幟り持ち                                           幟りは現在4本(平成14年新調)があります、各自治会の神楽委員さんに御願いするので人数の都合で3本でも良い。半纏を着て出の花の後を一列縦隊にて行列する。

●文化財旗                                           幟持ちと同様の半纏、腰に皮ベルトを巻き幟の後ろを行列する。

●市 兵 衛                                           火男面を被り頬かむり、上着と同じ模様の軽袴、片足に靴をはき片足はわらじ履き、ねこ背で左腰に大印籠・その他の物をぶら下げ木製の鍬を持って面白おかしく唐子の舞に邪魔にならぬ様舞踊る、舞方は本人の随意にまかせる。

(注)以前市兵衛は無く昭和3年から新しく加わった。

●お か め                                               水色(新橋色)の頭巾にお多福の面をつけ、女装・振袖姿(以前)最近は水千に緋袴で巫女と同じ服装で右手に扇、左手に神楽鈴を持ち神楽舞台に唐子の邪魔にならぬ様女形らしく舞う。東西が呼ぶときは、かがんでいるが笛・太鼓と同時に立って舞う、舞い方は別に決まりはないが、本人の随意にまかせる。                  (注)以前おかめは無く昭和10年頃から新しく加わった。

●唐  子                                               附け太鼓は、一文字笠に赤地の金襴の裃・小袖・白足袋・下駄。子役の中では一番責任の重い役ですので、過去各種の子役を経験した者が望ましい。                  大太鼓は2人、一文字笠、赤地に特衣金襴のたっつけ袴白足袋・花房草鞋・腰には、ちりめん白地のすごき、右腰に結びはしをたらす。                         ささら擦は、同じ服装で赤黒髪のカツラをかぶり、ちりめん、白地のすごきは左腰に結びはしをたらす。

●神 楽 堂                                            昭和51年破損がひどいので一度修理がして有りますが、永い歴史を持つ神楽堂であります。平成14年、5ヶ月間かけて大修理致しました、この後、3~40年は細かな修理は必要かと思いますがしっかりと保存したいものです。神楽堂の中に昔は獅子頭が祭って有ったようですが、今はその獅子頭は御幣台の飾ってあります。この神楽堂は、昭和3年以来4人で担いでいましたが、あまりに重いので、普段の渡御には台車に乗せて移動致します。但し、岸劔神社・日吉神社・八幡神社へ登る時は肩に担ぎます。無論、打ち上げには屈強な肩の揃った者が(近年は獅子廻し役の若者中心)担い手です。

●附 け 太 鼓                                          八幡の神楽は子供が担当するが、他所では殆ど大人の役どころである。附け太鼓の子供は重要な役目があります、まず第一に芝打ちの時その速さをリードする役です、又笛と調子を合わせ(笛が太鼓に合わせる)早神楽(夕立神楽)であったり、遅神楽となったりします、太鼓打ちは時には大人(大世話)に交代してもらい休憩してもよいが神社では必ず打つ事。渡御の時、舞鶴曲は自分で叩くのが望ましい。

●田 楽 持 ち                                          一文字笠に麻裃・白足袋・草履で田楽を持つ。田楽の上部に御幣がある和紙半帖を三幣に切り上には刃がある。別に動作は無いが、神社で東西振りの呼ぶ声に同調し田楽を回す、これは神社のみでその他は神楽堂の裏右に立っている。

●東 西 振 り                                           別名獅子起こしと言う。黒の烏帽子・水色丸の千場鶴模様の狩丸白衣・白足袋。下駄に大幣を持つ、腰に小刀1本差す。立ち位置は獅子向かって左、大幣を左肩にかつぎます。神楽奉納の場合、神楽堂(神前)迄普通に歩き、神前に向かって左足より3歩前、3歩目の足を引き両足揃える。大幣は肩にかついだまま両足が揃ったら大幣を立ったまま左肩より右手に受け差だし、和紙1枚水引がかけて巻いてあるものを左手にて引き下げ3回礼拝し太の字形に幣を振り点で納める。

礼拝し『天下泰平・国土安穏・五穀豊穣・皆令満足所御福喜付』

大神楽舞候やー  納められ候やーと同時に一文字形に幣を振り和紙で巻いた紙を右手で上げつつ左肩にかつぎ、両手を袖でかくし回れ右して元の立ち位置へ戻る。尚、大幣は一般の家では悪魔祓いなので片出の幣である。

●獅 子 廻 し                                          獅子模様の半纏・紺の腹掛・紺の股引・獅子の斑点の付いた巾着を脛に当て黒足袋・草履・豆絞りの手ぬぐいを持つ。雌獅子独特の風情を持って廻す

●鼓 打 ち                                           般若囃子という。麻裃・黒紋付・紙製の鶏冠・白足袋・白緒草履・左脇に鼓を抱える。近年特に幼少の役目(後の唐子役の修行)になっているため母親の方に付き添いとして関わって頂きます。

●警  護                                              過去においては、紋付羽織袴で正装していたが、近年当番自治会長にその役目をなって頂いています。服装は略式礼服。

●獅 子 足                                           近年は獅子廻し役の予備軍がそれにあたる。

●床 机 持 ち                                          半纏着用し、自治会の神楽委員さんに御願いする。子役を終えて笛・獅子廻しの練習生も協力すると良い。

●御 幣 台                                             平成11年春例大祭より新たに導入した。台の中央に獅子頭・御幣を立て、角には神楽のぼりを立てる。特に祭礼当日車両進入に対して規制が厳しくなり、色々荷物の運搬手段として、欠かせられなくなってきました。自治会神楽委員さん3名にて押す。

●大神楽用語

芝打ち (しばうち)

上獅子・雌獅子・雄獅子

頭 名 (かしら)

笛頭・獅子頭

床 机 (しょうぎ)   笛吹き・鼓打ちの腰掛

所 望 (しょもう)   神楽を奉納してもらう人

唐 子 (からこ)    金襴を着た舞子

先 達 (せんだつ)   行列で先頭を歩く裃着用者

渡 御 (とぎょ)    行列にて巡行すべて

年行事 (ねんぎょうじ) 神楽の宿

芝打ち (しばうち)  一つ返し・二つ返し・三つ返し・五つ返し

●猿田彦命と巫女                                           昭和35年頃から採用し、確たる事は不明であるが、柳町に居住の山田栄吉氏(現在京都在住)の寄付によって始まったとされています。鶏冠に金襴の狩衣を着用、白足袋・下駄・六尺位の黒柄の槍、三角の旗のついた槍を持ち、巫女を2人くらい引き連れている。(現在は左腰に金襴柄の大刀・黒柄の槍代用)

巫女の装束は白衣緋袴・白足袋・赤緒の草履・1人は三方を持ち他の者は玉串を持ち奉納神楽を打つ家の前にて両脇に巫女を従え槍を立てて巫女がお祓いをする。巫女は榊の小枝に二幣一枚付きにて祓う。

●笛吹きの心得                                             大神楽の笛吹きは、役者の中でも大役にて役者の模範となる人物です。責任は非常に重くいつ何時でも油断無くする事、まず第一に笛を大切にし笛にて大鼓を叩いたり他人を叩いたり、その他の事に使用してはならない。笛を吹くのを止める時は前向きの左腰に軽く差す。もしも、笛頭に誤曲があって気づいても笛頭の曲に従って付いて吹き、あくまでも笛頭の主曲に従う事。笛を吹く時は姿勢を正し、芝打ちの時は舞台に向かって笛尻がやや下がる程度に構える。(昔は水平にと言われていた)芝打ち中に唐子が間違えたらやさしく指導するのも笛吹きの役目です。渡御曲で芝打ちの隊形で吹く事が有るが、終われば床机に腰掛ける。又、休んでいる間に附大鼓係(大世話)と次の打ち方(早打ち・ゆっくり)等々打ち合わせをする。無論渡御先を確認し渡御曲7曲から何から吹き出すか相談する。

衣装は、黒紋付(十六紋菊)・麻裃着用・一文字笠・白足袋・白緒草履。 芝打ちの時は笛頭は1人でよいが吹き出しに音がかすれる事があるので、2番3番は心して構える事。一文字笠は本来被って吹くものであるが、夜見物人が多くなれば背中に背負ってもよい、但し、神社(どこであれ)の前では必ず被る事。神社以外の奉納は大方1つ返しであるが、上獅子のみ2つ返し、雌獅子・雄獅子は1つ返しとする場合もある、これは天候や所望の多さを考慮する。

神社への打ち込み曲は必ず十二神楽とするが、獅子が鳥居をくぐり抜けたら即座に舞鶴曲に移す。神社にて奉納後降りる曲は神乗秋月にて。(何処の神社でも)

渡御の笛吹きは神楽堂を離れず2列にて整然とと歩くき、前方の芝打ち場所を考え曲を変えて行く。長い道行きは花車で、短くても尾崎から向山へ行く曲は花車にて通る。

(参考)昭和10年頃までは芝打ちは上り神楽(水に逆らわず)とされ、下り神楽は打たぬものでしたからコースによっては太鼓堂も後ずさりしたそうです。最近は氏子も多く、所望も多いのでその限りでない。

昭和40年頃までは一軒一芝でしたが、最近は六軒から九軒位纏めて打つ事もある。又、町内を回る場合、職人町・鍛冶屋町・肴町・その他南町は大半が下り神楽になりますが致し方ありません。

渡御曲にて曲変えの場所は基本的には、十字路・丁字路・廻り角であるが笛頭に従う。

試楽・本楽の打ち出しには、年行事を一芝打って岸劔神社へ奉納する。(三つ返し)

打ち上げには、岸劔神社奉納(三つ返し又は五つ返し)で神社を先に年行事を後から一つ返しにて奉納する。

 

昭和54年4月     第一巻  著 者  佐藤 甲次郎

平成15年4月     第二巻  改定版  大神楽奉賛会

 

 

★フォト★

 

★岸劒神社大神楽の楽曲について★

岸劒神社大神楽の楽曲は全部で10曲あります。ところが地元の人たちはこれほどの曲目があることを知らないでいます。よほどの祭り好きでない限り知りません。そこでこのホームページをご覧になっている方にだけにそっとお教えしたいと思います。

①上獅子(あげじし)

芝打ち(いわゆる奉納)の時の一曲目がこの曲です。

♪大神楽舞い 始められ そうらいやー♪

このあとに始まる曲です。

②雌獅子(めじし)

芝打ちの二曲目です。

③雄獅子(おじし)

芝打ち三曲目のこの曲は二曲目と似ていますが微妙に違います。この違いに気付けば神楽通です。

④花車(はなぐるま)

道行の曲です。道行とは次の奉納場所に到着するまでの流し曲です。この花車は主に行程の長い時に使われるようです。

⑤山越(やまこし)

これも道行の曲です。

⑥秋月(しゅうげつ)

本楽(二日目)の夜、灯入りのあとに始まる渡御の一曲目がこれです。

⑦神乗秋月(かんじょうしゅうげつ)

渡御の二曲目です。哀愁を帯びた笛の音は観る人聴く人を魅了します。

⑧神車(しぐるま)

渡御の三曲目、まさに宮ケ瀬橋に足を踏み入れた瞬間に変わるのがこの曲です。

⑨舞鶴(まいづる)

もっとも一般的な道行の曲です。渡御を終えるとこの曲に変わります。途中本町辺りで「山越」に変わり、最後の(一二神楽)へと繋いでいきます。

⑩一二神楽(じゅうにかぐら)

宮入りするときの曲です。軽快で力強いこの曲は、他の神楽とすれ違う時にも演奏されます。

※岸劒神社大神楽の笛の音がお聴きになりたい方は、岸劒神社大神楽のホームページに入場していただければお聴きになれます。

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★春まつり動画★

もっと動画をご覧になりたい方はこちらへどうぞ

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岸劔神社(岸剣神社) 大神楽 動画 (kishitsurugi-daikagura.com)

 

★岸劒グッズ★

★郡上弁★

記憶の中に残る郡上八幡の方言をご紹介したいと思います。

ごがわく   腹が立つ、という意味です
だしかん   だめだ、という意味です。
えらい    辛いとか苦しいときに使います。
おいた    物事をやめる時に使います。
かなわん   困ったときなど、かなわんなあと言います。
うんまい   美味しいものを食べた時うんまいんなあと言います。
わやく    聞き分けのない人のことを、わやくな人といったりします。
ひっちゃく  過ちを犯すことを言います。
たあけらしい バカバカしい時に使います。
そうやんな  その通りですね、という意味です。
けなるい   羨ましいという意味です。
かなわんな  困ったなあ、という意味です。
行かんでもええよ     行かなくてもいいですよ、という意味です。
あじない            美味しくない、という意味です。
ちったあ            少しはという意味です。
ちびっと    ほんの少し、という意味です。
てきない    病気がちの時、てきないなあ、と言ったりします。
ぬくとい    暖かい、温かい、そういった意味で使います。
はよーせえよ  早くしろよ、という意味です。
やわい     準備、という意味です。
うんもーない  美味しくないものを食べたときに言います。
ちょーける   ふざける、という意味です。これこそが究極の郡上弁です。
しらんもん   知りませんよ、という意味です。
ござる     お見えになる、いらっしゃる、そういった意味です。
つっとくれ   重いものを持ちあげたい時、つっとくれと言います。
べんこうな   小生意気な子供に対して使う言葉です。
ほうやんな   そうですね~、という意味です。
まめなかな   元気でやってますか、という意味です。
まんだやで   まだですよ、という意味です。
やことに    わざと、という意味です。
あかん     いけません、という意味です。類似語=だしかん
あじないな   まずいですね、という意味です。
そんなことあらすか  そんなことはありません、という意味です。
あんばよーやれよ   上手くやりなさいよ、という意味です。
いせきない   待てない、せっかち、そういったときに使います。
ずつない    気分が悪いときに言います。
そいったやろ  そう言ったでしょう、という意味です。
たぐなる    紐などが上手く結べないときに使います。
ただくさ    雑に扱う時、ただくさにすると言います。
どーでも    どうしてもお願いしたい時に使います。
どったない   どうってことない、という意味です。父親の口癖でした。
とろい     動きが鈍かったり遅かったりすると、とろいと言います。
なまかわ    怠け者だったり、やる気のない人のことを言います。
やくたいもない だらしない、という意味です。究極の郡上弁です。
やんだす    差し出すことを言います。
よばれる    お招きをいただいた時などにこう言います。

郡上弁は語尾に「や」「やで」「やんな」などを付けるのが特徴です。これを知っていればだいたいの会話は聞き取れると思います。現地に行かれた際はそのあたりを意識しながら耳を傾けてみてください。旅の楽しさが増すと思います。

 

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