ドライブ 旅行

ドライブ 旅行

平均年間走行距離は2万5千キロ、バカが付くほどの車好きです。このコーナーではドライブ記録をもとに、訪れた先での出来事をできるだけ詳細にお伝えしたいと思います。

 

フォト(自然)★

★フォト(東京)★

 

★ありし日のマイカー★

今はもういない車たち、こんな車に乗った日もありました。

★バイク★

16歳になると直ぐに原付免許を取りに行きました。ところがあえなく不合格、それもそのはず簡単だとバカにして勉強もせずに試験を受けたのがそもそもの原因でした。そこで今度こそはと猛勉強して臨むとなんとか合格しました。そして買ったのがヤマハRD50、スポーツタイプの原付でした。ところが乗ってしばらくすると物足りなくなり今度は原付二種免許(125ccまで乗れる免許)を取りに試験場へ、そして合格、今度は先輩からスズキのGT125を譲り受け乗るようになりました。ところがこれま長続きしない、すぐに飽きてしまいついに自動二輪免許を取りに岐阜の試験場まで行きました。そして一発で合格、試験管にだいぶ無免で乗っているだろうと嫌味を言われました。

合格するとすぐに愛知県岡崎市にあるヤマハオートセンターへバイクを見に行きました。そこで見つけたのがカワサキのSS400、中古でも20万円と当時としては高額なバイクでしたが、親の承諾があればよいと16歳の私でも月賦で買うことができました。そして納車、ところがその時まだ私の手元には運転免許証は届いていませんでした。当時は試験に合格しても免許証を取得するまで2週間ほどのタイムラグがあり、すぐに運転することはできなかったのです。

バイクを目の前にした私は、少しぐらいならいいだろうと乗ってしまいました。免許のないまま乗る、つまり無免許運転ということです。そしてパトカーに停められあえなく御用、後日裁判所に呼び出され無免許運転の行政処分を受けました。免許証が届くと同時に30日間の免停処分となり、いきなり講習を受けるはめになったのです。この時の親の心中たるやどんなものだったか、今思うとずいぶんと親不孝なことをしたものです。高校を辞め、ただでさえ風当たりが強いのに警察沙汰になるとは、まったくもって言い訳のしようもありませんでした。

同年8月、このバイクに乗って東京まで行きました。上京の際に乗ってきたバイクはカワサキSS400、2サイクル3気筒、3本マフラーのバイクで、金属音を響かせ、白煙を撒きながら東名高速道路をひたすら東へと東へと走り続けてきたのです。そして東京上野に到着、その日から就職した私に待っていたのは上司の騙しでした。

『おまえ、ナナハンに乗りたくないか』

こう聞いてきたのは就職した会社の専務でした。この問いに対して私は乗りたいと答えました。当たり前ですよね16歳ですよ、あこがれのナナハンに乗りたくないかと聞かれて、乗りたくないなんて答える人はいません。すると専務はこういいました。私が乗ってきたバイクは注文が入っている、代わりにナナハンをやるからとスズキGT750を差し出したのです。私は舞い上がりました。当時ジーナナという愛称のナナハンで人気のバイクだったのです。

入社して初めてのお休みの日、私は寮の仲間たちと水戸までツーリングに行くことにしました。そしてジーナナに乗って水戸街道を走っていた時です。突然ハンドルがぶれ始め、強い振動を受けるようになり、その状態は寮に戻るまで続きました。寮に戻り寮長にそのことを伝えるとすぐにバイクを見てくれて、その結果このバイクは事故車だ、どうしたんだと聞いてきました。入手した経緯を伝えると、ひどいな、やられたな、と・・・。専務に騙されたと知った私は絶望的になり、二束三文でバイクを売り、会社を辞めることにしました。入社して10日ほどしかたっていないのにもう辞める、田舎の人たちが後ろ指をさす様子が目に浮かびました。

会社を辞めるという話は人事部に伝わり、事情を知った人事部の人が配置転換をするから残れないかと言ってきました。行くところのない私はその場で承諾し、新しい部署で働くことになりました。二束三文で売却したジーナナは違う上司の計らいで買い戻し、代わりにもらったのがカワサキRS750でした。当時Z2と呼ばれていた人気のバイクに乗ることが出来も捨てる神あれば拾う神ありというのはこう言うことをいうのだと思いました。

このようにわずかな期間で5台ものバイクを乗り換えることになり贅沢な奴だとお思いでしょうが、その都度上手く売り抜けていたのでそれほどの損失はありませんでした。ただ、最後に乗ったホンダCB750は、初めての帰省でエンジンがオーバーヒートしてしまい、このバイクに関しては大損をしました。ただ、ローンとかはZ2を売却した際に完済していたので借金と言うものはありませんでした。かくして私のバイクリザルトはこの6台にて終わりとなり、昭和51年の夏を持ってバイク生活から足を洗いました。そして18歳の誕生日が来ると同時に普通自動車の免許を取りに教習所へと通い始め、翌年の昭和52年に免許証を取得しました。ところが自動二輪で車を所持することの大変さを知った私は、それ以降12年間自動車も自動二輪も所有しませんでした。結婚をし子供が生まれたときは買いたいと思いましたが、買えば経済的に苦しむことを知っていた私は少しでも貯蓄を増やそうと思い我慢しました。

 

★マイカー★

独立開業し、なんとか軌道に乗りかけた時、顧問税理士から償却資産を持ってはどうかと提案され車を購入することにしました。元来車好きだった私はその時を境に車を買っては売りを繰り返し、しだいにエスカレートしていきました。2010年のコロナ不況で所有していた車両をすべて売却するまでの32年間のリザルトをご紹介したいと思います。ちなみに赤字は新車、青字は中古車です。

●1988年6月、29歳の時に初めてマイカーを購入、買ったのは日産スカイラインでした。家族で出かけられるようになり心おどったのを覚えています。

●1989年1月、日産グロリアグランツーリスモに乗り換えました。バイクで培った乗り換えの速さは健在でした。

●1991年3月、グランツーリスモり下取り価格が良く日産グロリアセダンに乗り換えました。

●1995年3月、グロリアセダンとの入れ替えでトヨタセルシオ が納車されました。阪神淡路大震災の直後だったため、あまり嬉しい気持ちにはなれませんでした。

●1998年8月、旧型でしたが初めてメルセデスベンツに乗りました。買ったのはS500L、新古車でした。

●2001年12月、メルセデスメルセデスベンツS500L(現行モデル)に買い換えました。

●2002年5月、セカンドカーとして日産エルグランドを購入、ところが燃費が悪くすぐに手放してしまいました。

●2002年12月、エルグランドの代わりにメルセデスベンツC180を購入、ところがその翌年縁石に衝突、ラジエター水が漏れエンジンがオーバーヒート、廃車となってしまいました。

●2006年3月、廃車となったベンツの代替車として日産エクストレイルを購入、代金は全額新車保障保険で支払われました。

●2006年5月、メルセデスベンツSL350を購入、初めてツーシート(カブリオレ)の車に乗りました。

●2007年2月、フェラーリF360スパイダーを長野で購入、初めてのスーパーカーのF1サウンドに酔いしれました。この車は歴代乗った車の中で最高だったと思います。

●2007年12月、日産GTRを購入もリミッターがかかるのが気に入らず、買った値段で売れるというので2週間で売却してしまいました。

●2008年8月、ポルシェ997カレラハーマンフルエアロを購入したが、腰痛持ちの私には向かず、あまり乗ることはありませんでした。

●2008年9月、トヨタアルファードを取引先のお付き合いで購入しました。

●2008年12月、乗用車をレクサスLS460に買い替え、バルドーのフルエアロに改装して乗りました。

●2009年9月、釣り用としてフォードエスケープ を購入、ところが調子が悪く、故障がちだったことからすぐにに売却しました。

●2010年12月、乗用車をメルセデスベンツS63AMGに買い替え、パワーに圧倒されました。

●2011年3月、フェラーリF430スパイダーを購入しました。

●2011年11月、ボルボV40を購入、コンパクトで乗りやすい車でした。

●2012年7月、フォードエクスプローラーを海釣り用として買い替えました。しかし、この車も故障しがちですぐに売却となりました。

●2013年3月、トヨタFJクルーザーを釣り用の後継車として購入しましたが、パワー不足が嫌になりすぐに売却しました。

●2013年11月、メルセデスベンツC180 Cシリーズを再度購入しました。

●2014年7月、メルセデスベンツML350を購入、クリーディーゼルエンジンの良さに感動、今でも乗りたい車の一台です。

●2015年9月、メルセデスベンツE350を購入、これもクリーンディーゼルエンジン車で、すっかり気に入っていました。

●2016年9月、メルセデスベンツSL63AMGを乗りつぶすつもりで買いました。ところが新型コロナウイルスの影響で業績が悪化、非常時に乗るべきくるまではないと判断し売却しました。

●2017年1月、メルセデスベンツS300h 3台目のクリーディーゼル車でしたが、残念ながらパワー不足のため物足りず、すぐに手放しました。

●2018年3月、メルセデスベンツG350、人気のゲレンデを購入しましたが、この車もコロナ禍による業績悪化から売却してしまいました。

●2019年2月、メルセデスベンツE53は癖のある乗り辛い車でした。これもコロナ禍のなか乗る気にはなれず売却してしまいました。

●2021年3月現在、国産車に乗っています。

 

これを見れば異常なまでの車好きであることがお分かりいただけたかと思います。年々衰える視力や運動神経はそのまま運転技術の低下へと繋がり、運転中ヒヤリとする場面も多くなり、62歳という年齢にしてパワーのある車の運転をするのは危険ではないか思うようになりました。そろそろ考えなければいけないと思い始めたところに襲い掛かってきた新型コロナウイルスは、私の車道楽をやめさせるには十分過ぎました。今は安全第一、操作性の良い国産車を静かに乗っています。これでいいのだと自分に言い聞かせながら。

 

 

★ドライブ動画★

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